国立近代美術館 エモーショナル・ドローイング展

2008-9-6 22:00

国立近代美術館エモーショナル・ドローイング展へ寄ってきた。近代美術館は竹橋の駅から毎日新聞社のビルを抜けて徒歩3分。平日は17:00で閉館だが、金曜日は夜20:00まで開館している(ただし工芸館は17:00まで)。

国立近代美術館

現代アートというのは往々にして意味不明なものだが、今回ほどつまらなかったことはない。そう断言して良いほど失敗したと感じた。卑猥なものとか、幼児の落書きのような線を見たくない人は行かない方が良い。

そもそもこういう現代アートは良さが分からなくてもよい。気にることみないし、無理やり理解する必要もない。良いものだけが淘汰されて残っていく。ダメなものはダメと言うしかない。中には理解できないと言われることに喜びを感じる作家もいるようだが……。

近代美術館ではなく現代美術館でやっていれば観に行かなかったと思う。近代美術館は現代アートは扱わなくて良いと思う。

文句ばかり書いていても仕方ないので、内容についても少し触れてみたいのだが、あまり書くことがない。スクリーン上映されている作品もいくつかありましたが、みな最後まで見ることなく途中で出ていく人が多かった。現代アートをやっている人や好きな人には申し訳ないが、見続けるのが苦痛だと感じてしまうのだから仕方ない。

唯一時間を割いてみたのが奈良美智。封筒やチラシの裏に書き連ねた数々の絵は長年に亘っての積み重ねが感じられ面白かった。画力もあるしインスタレーション的な展示も含めてこの人はやっぱり突出していると思じさせられた。あとは辻直之の木炭アニメは内容は意味不明だが手法としては面白かったので見てしまった。

エモーショナル・ドローイング展

当日に限り展覧会情報所蔵作品展「近代日本の美術」も見られるのであわせて見に行ったら、こちらの方がはるかに良かった。落ち着いていてよい口直しならぬ目の保養ができました。

所蔵作品の岡本太郎の『燃える人』やカンディンスキーの『全体』を見ると、やはり丹念に描かれたものはちがうと感じさせられる。現代アートでも丁寧に緻密に描かれた作品なら観たときに受ける印象も違うのだなと感じたのだった。

エモーショナル・ドローイングは線や塗りなどに対して、どうしても短時間でやっつけた雑で未熟という印象を持ってしまう。そういうアートなのだと言ってしまえばそれまでだが、それを額に入れて部屋に飾りたいとは思えない。改めて自分の好みを感じさせられた次第だ。

ついでに所蔵作品展の中ではイヴ・タンギーの『聾者の耳』は初めて観ましたがこういうシュールレアリズム作品もわりと好きだ。『パリ風景』という風景画藤田嗣治(レオナール・フジタ)の作品ということで意外な感じがした。

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